14節制 愛するとは与えること
友人の質問。
「私が与えることで、愛する人をダメにしてしまうのかしら?どう思う?」
愛するとは与えること。これはどういうことなのだろうか。愛するがゆえに与え、その結果愛する人をダメにしてしまうことがあるのだろうか。
愛するあまりにすべてを提供し、その結果として気づきの機会、学びの機会を奪ってしまうことがあるのだろうか。
自分が受け取るために愛することをエゴという。エゴは自分が受け取ることを前提に愛する。純粋な愛は、与えることで愛を感じる。
僕は与えることで愛する人をだめにしてしまうというのは、純粋な愛ではなく実はエゴなのだと思う。
相手の立場にたって与える。これがとても大事だと思う。相手の立場にたてば、時には与えないことが相手のためになることもある。
自分を犠牲にして与えてしまうことは、愛する人にとって自分の魅力を減じる行為かもしれない。
こんなに尽くしたのに、あの人は私を捨てた。捨てたのではなくて、捨てるようにさせてしまったのかもしれない。
人を愛するには、まず自分を愛することが必要だと思う。自分を愛していれば、自分を犠牲にするだろうか、愛する自分を犠牲にすることができるのだろうか。
愛は自分に帰ってくる。節制の女性は、両手に壷を持ち水を循環させている。自分への愛が自分に帰ってくるように僕には見える。

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